生徒を伸ばすさじ加減は「いつも自分よりすこし先」
取手市ほしなみピアノ いずみせんせいです(^O^)
今日はレッスンがおやすみなので、自分の練習したり、幼児のレッスンカリキュラムを作ったりしています♪
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自分の可能性や限界って
いつのまにか、決めつけてしまっていますよね。
- 私はこれくらいしかできないから‥
- いやいや私なんてとてもとても!
- あの人すごいな~自分は○○だから無理だな~
恥ずかしい思いしたくないし、失敗したくない。から、安全にできることをやる。
”いつも挑戦いつも前向き”なんて疲れちゃいますから、それでいいときもあるけれど
あるけれど‥
先生として、生徒の可能性を決めつけてしまっていないか?は、いつも気をつけていたいな~と、思っています(^O^)
師が教えてくれたこと
私が17才のころに 師事した先生がいます。
その先生のレッスンを受けていたとき
宿題の曲の中に、限界までめっっっっっちゃ手を広げてやっと鍵盤が押せる💦箇所がありました。
その音だけ弾けばいいわけではなくて
その無理っぽい音を押さえながらも、間にも弾く音があるし(内声ですね)
私には無理、と早々に判断して練習していました。(ペダルおよび心の中で繋げばいいや‥と)
まさか、そこに何か指摘が入るとは つゆほども思っていなかったら
レッスンの日 先生は仰いました。
「できないと思わないでね!」
「やっていれば、まだ手は成長するよ」
私、オクターヴも余裕とはいえない手で‥
汚い音になるくらいなら、綺麗に弾けるやり方を探すほうがいい
と、もっともらしいこと言って
あきらめてしまっていたんですね。
まさに、できないと思っていたし 成長できるとも思えていなかったので、先生のこの言葉は とても衝撃的で
そして、基本的なことを教えてくださったのだなぁと、
今も大切にしています。
これが必要「諦めないで挑戦」
自分が教える立場になって
生徒の手が大きくなってきたな~という頃合いをみて
オクターヴがたくさん出て来る曲にもチャレンジしてもらいます。
やっぱりね、皆けっこう 大変そうに弾いています(^-^;
ちゃんと綺麗に押さえて まして 余裕を持ってとは、いきません。
ちょっとまだ、早いかな~?って雰囲気。
本人も、「届かない💦弾けない~!💦」ってなっている。
でも余裕が出来てから弾こう‥って思ったら、いったいそれは、いつ?!
きっとだいぶ先になるし、私みたいに大人になっても小さい手かもしれない。
やはり、先生のあの言葉の通り、
「やってれば成長する!」「あきらめないで手を開く!」
と信じて練習することが、必要なのです。
もちろん、無理して手を痛めてはいけないので
「練習するときはずっと開いたままにしない」「弾いたら一瞬手を緩める」
と、お話します。(これも、なかなか簡単ではないのだけど)
こっちも必要「無理せず乗り越える」
だけど、いつもいつもこうやって、少しばかり無理して弾いていればいいのかというと、
そうではなく
ほんとうに届かない音も多々あるので、そこはなんとか音をずらしたり、抜いたりして弾くしかないですから
ハーモニーが崩れないよう 作曲家の意図とあまりにも違うことにならないよう
「ここは無理して手で繋がず、心で繋ごう」
と指導もするし自分もそう弾いています。
どっちなの?と、なるかもしれないけれど
どっちも、です!
手で繋ぐようにすることは、あきらめない。
だけど、繋いでいるように聴こえる弾き方も勉強する。
このさじ加減が生徒を伸ばす
先生はそのさじ加減を つい自分の経験で判断しがちです。
生徒の手は自分と同じではない。
先生の判断以上に、弾ける可能性があります。
だから 自分と同化させてしまわず
もっと先をあきらめない。成長できることを忘れない。
生徒を伸ばすさじ加減は いつも自分より少し先
に、見なければいけませんね。